デビュー作『人のセックスを笑うな』がヒットして映画化され、
松ケン人気もあいまって、映画もこれまた大ヒットしたため
知名度が急上昇した作者の、最新短編集である。
文芸賞のニュースに詳しい人なら表題の『手』が今回の芥川賞候補に
なったこともご存知だろう(残念なことに受賞は逃したが・・・・・・)。
デビュー作のときからのファンなのだが、
最初はこの珍妙なペンネームと、いかにも今風で軽薄そうな
『人のセックスを・・・』と言う表題から、全く読む気にならなかった。
大学の購買部で平積みにされているのを見て、そのころ同じく
女流でもてはやされていた蛇だのピアスだの、インストゥールだのという、
それこそ薄っぺらくて今風な小説と比べてどうなんだろう・・・と思い、
軽い気持ちでページを繰ったのであるが・・・・・・
あにはからんや、その瑞々しい筆致と淡々とした中にも時に肺腑を抉るような、
人間存在そのものに対するギリギリと斬り付けてくるような孤独感の表出に、
たちまち虜になってしまい、気が付いたときには本を読み終わっていたほどである
(その後もちろん買ったが)。
それからナオコーラ氏の出版物はすべて買って読んだ。
「これは素晴らしい出来だ!」と思った『カツラ美容室別室』などの作品もあれば、
「ちょっといまいちだなあ・・・」と感じた作品もあったが、そのどれもに彼女独特の
繊細な心情描写と豊かな情感、そして静かな諦念が息づいていて、好感が持てた。
ただ・・・・・・そうした作風が万人の心情と合致するか、といえばそれはまた別であろう。
描かれている世界はひどく狭く、作中人物の行動も常識の範囲内を出ないのに、
描かれている世界観に切なくもなげやりで、アナーキーな寂しさが感じられるからである。
これはどうしたことだろう・・・といぶかしく思っていたら、あるとき何かのインタビューか
彼女が自分で書いているブログの日記の中に「金子光晴と尾崎放哉が好きだ」とあって、
「ああ、なるほど・・・・・・」と合点がいったのであった。二人とも、私も大好きな作家だ。
それでナオコーラ氏の表現方法や世界観に共感できるのだな、と思った。
とはいえ、やはり描かれている世界にはひどく幼いものを感じる時が
あるのもまた事実である。前作の『長い終わりが始まる』もそうで、氏自身が
大学の時に所属したサークルの内情を詳らかに描く、一種の私小説のような
ものであった。今回の作品もその延長線上にあるような、卒業後しばらくOLを
していた時の体験を下敷きにしているような感じが否めないような状況設定ではある。
しかし・・・その絶望的なまでの孤独感を表す切り口は、さらに鋭く、静謐なのに腸を九回
させるような重々しさに進化を遂げていた。なるほど・・・今回は三度芥川賞候補に
選ばれるだけの事はある。そう思わせるほどの出来栄えであったと感じた。
また併録されている短編が二本、あるのだが、そのなかでも書き下ろしの
「お父さん大好き」の出来が素晴らしくいい。完全なるオジサンである私の
こころを鷲摑みにするような筆致であった。少女趣味ではない。人生の
孤独に打ちひしがれた、中年過ぎの(いささか草臥れた)男性にこそ、
今回は手にとってぜひ読んでいただきたい小説としてお勧めしたい。