あるびん・いむのピリ日記

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ひちりきとピリの違い その壱

学術的な、あんまり堅い話はしないようにしてですね・・・(^^;
この二つにどんな違いがあるのかをちょっと見てみたいと思います。

まず・・・ひちりき(篳篥)の祖先は、遥か昔、
ペルシャの辺りで生まれたみたいですね。
チグリス・ユーフラテス文明ってやつです(^^)
残ってる壁画とかから紀元前3千年!
あたりまでさかのぼれるという学者さんもいたりしますが、
まあそのへんはよく分かりません。。とりあえず、これは
今でもトルコやイランあたりでよく吹かれている「メイー」という
ダブルリードの笛です。ピリに形がよく似ていますが、
リードがピリのように竹ではなく蘆である点は正しく篳篥と同じですね。
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で・・・当然のように唐代、シルク・ロードを経て中国に入ってきたんですが、
度重なる王朝の移り変わりや政変、戦争や革命で今はすっかり、雅楽自体が
失われてしまったようです。第二次世界大戦前までの中華民国には残存して
いたようなんで、台湾ではどうなっているのか知りたいところですが。
で、これは現在の中国篳篥です。一応リードは蘆ですが、基本チャルメラ系の
音がします。私も実物は触ってみただけで、吹いたことはないんですが(笑)
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ところで、ダブルリードの楽器は、ペルシャから中国、朝鮮半島を経て日本へ・・・
というルートの他に、インド経由で東南アジア方面に広まったものもありました。
いわゆる中国の「ソーナ」というタイプの楽器で、早い話がチャルメラです。これは
篳篥とは全く系統が違い、韓国では「テピョンソ」という楽器になって活躍しています。
このお話はまた、別に項を改めてさせて頂ければと思います。

そして・・・朝鮮半島に渡った篳篥(当時は胡笛、すなわちペルシャの笛と言ったらしいです)
は、大きな展開を見せます。それは元から存在した唐の雅楽を吹くためのものと、朝鮮王朝
の雅楽を吹くための楽器に分かれた・・・ということです。それがいつ頃のことかははっきり
しませんが、学者さんは大体12世紀の初め、高麗王朝に宋王朝の宴楽(宮中楽)が
伝来してきた頃のことだろう・・・と考えているようです。日本に篳篥がもたらされたのは
もっと遥かに昔の奈良時代のことと「古事記」等にも書いてありますから、現在も韓国雅楽で
宗廟という王家の墓や、孔子様の祠の前で儀礼的に吹かれる雅楽には「唐觱篥(タンピリ)」
という、日本で現在も演奏されている篳篥とよく似た(裏は一孔ですが)ピリが用いられます。
(ちょっと良い画像が見つからず分かりにくいですが、真中にある笛がそれです)
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で、この「タンピリ」の原型にあたるものが、日本の篳篥にあたるものと考えてもいいと
思います。篳篥はそのような点で千年の悠久の時を、ほとんど姿を変えずに伝えられ
てきた楽器ともいえるもので、学術上非常に貴重なものだともいえます。楽器自体は竹で
作られていますがリードは蘆で、この辺もピリとは違います。さらに決定的なのが篳篥は
蘆をつぶした環(わっか)リードであるのに対して、ピリは両脇が分かれた純然たるダブル
リード楽器ということです。このため、リードの咥え方が篳篥とピリではまるで異なり、
ピリにはオーボエやファゴットのような繊細微妙な唇と舌先のテクニックが要求されます。
しかも楽器自体が約2オクターブ出るので、ピッチを安定させることが非常に難しいのです。
さらに、基本的には黄鐘とか壱越といった、日本古来の音階と同じものが使われている
わけなんですが、呼び名や捉え方にかなりの違いがあり、実際にはかなり独特な朝鮮音階
を形成しているようです(この辺はあまり詳しくないのでまた後日・・・)↓の画像の
朝鮮王朝古来の楽譜は正方形の升目に漢字を連ねたもので「井間譜(チョンガンボ)」と
呼ばれ、五線譜に書き写したものもありますが、朝鮮国楽を学ぶ者はまず、これを
読めるようになることが要求される・・・という訳です。あ、もちろん韓国語で、です(^^;
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(その弐、に続く)
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by cookie_imu | 2009-12-30 18:59 | 韓国篳篥ピリ(觱篥)New!