あるびん・いむのピリ日記

cookieimu.exblog.jp
ブログトップ

東儀秀樹新春コンサート

c0018642_1410367.jpg

に行って参りました!運のいいことに当日券があったので・・・でも七千円はお安くない(^^;

ご存じない方の為に説明いたしますと、彼は奈良時代から続く名門雅楽家の出身者で、
専門は篳篥・琵琶・打ち物(打楽器)類。しかし、宮内庁楽部で専門家教育を受けたため、
もちろん雅楽のことなら他の楽器も、歌も舞楽もこなせます。その上ギターやピアノも弾ける!
という、スーパーマルチプレイヤーです。近年では俳優業にも進出し、「篤姫」では孝明天皇を
演じていたのでご存知の方も多いかと思います。CDやCMの作曲も数多いですしね・・・



コンサートは第1部が純然たる雅楽、第2部が雅楽楽器(篳篥)を
使ったフュージョンポップスだったんですが・・・ちょっと1部はナニでした。

っていうか、私はやはり「雅楽」を聞きに行ったので、そのボリュームが
まず物足りなかった。平安貴族を模した王朝的なセットで奏される雅楽は
幻想的で、それはそれで素敵だったんですが、ちゃんとした管弦が一曲、
それも「三臺塩急(さんだいのきゅう)」だけっていうのは、いかにも寂しいです。

それに朗詠も歌い、「長慶子(ちょうげいし)」という舞楽も舞ってはくれましたが・・・
ここはもう素人目(耳)での感想にすぎませんが、やはり雅楽だけを専門に
演奏され、日々研鑽に励んでいらっしゃる宮内庁楽部の演奏や、日々謦咳に
接する機会が与えられている、我が師匠「伶楽舎」の先生方の演奏と比べて
しまうと、どうしても見劣り、聞き劣りがしてしまうんですよねえ・・・
まあ仕方ないんですが。私が古典芸能研究者であって、
かつ良い演技や演奏に山のように接してきた・・・っていう
経緯ももちろんありますが、そうでなくても全てを純粋雅楽に費やしてる
人じゃないですからね、いわゆる稽古不足で「手が落ちる
(ちょっと差別表現ぽくって恐縮ですが、下手になるという意味)」
っていう感じです。という訳で第1部はちょっと欲求不満で終わりました。

ところが!フュージョン・ポップスを演奏する第2部になったら全く違うんですねえ!!
もう見違えるよう・・・というか、本領発揮といいますか。彼の持ち味を存分に発揮した、
素晴らしい曲の連続でした。TVでよく耳にする「蒼き海の道」とか、小さなご子息の為に
作った「Happy Skip」とか・・・もう、篳篥の音色がこんなに甘やかでジェントルなもの
なのか!と、その可能性には目を瞠るばかりでした。曲調もスウィートなフュージョンで・・・
会場を埋め尽くした人の8割5分までが女性である、というのが頷けるような詩的な
曲ばかりでした。まあ私もフュージョンやAORなんか大好きなんで全く問題ないんですが・・・

しかし、彼の優美な音楽にうっとりと身を浸しているうちに「本当にこれで良いのか、
篳篥って?」という思いがむくむくと胸に湧きおこってきてしまったのもまた事実です。
そのスムースな音色は、まるでジャズフュージョン界の大物、ケニー・Gの奏でる
ソプラノサックスのよう!本来、上手な人が吹いても篳篥って結構、刺激的で鋭い音
が出るんです。そのため清少納言なんて「枕草子」の中で、「下手な人に突然耳元で
吹かれると耐えられない」なんて酷評してますしね。音もデカイし・・・それがこんな、
うっとりするような甘美な音ばっかりだ出しちゃって本当に良いんだろうか、
なんて感じちゃったわけです、僭越にも。。。

だけれど・・・そのうち彼のバンドに去年から加わっているという、中国二胡奏者の男性、
ツァオレイさんとのセッションを聞いているうちに「ああ・・・これで良かったんだ」と再び
思うようになりました。なぜって、東儀秀樹さんのような方がいなければ、もしかして
雅楽はある意味「古典芸能」っていう枠の中で窒息させられ、そして篳篥の音色も
現代の我々には全く無関係な「なんだか刺激的でうるさい音」に過ぎなくなっていた
んじゃないかと思うようになったからです。それに現代的な生命(いのち)を吹き込ん
だのが彼なんじゃないか、と。だから(という訳ではないんですが)多少、
古典雅楽の腕は落ちても、それを補ってあまりある天賦の作曲や、洋楽との融合を
図れる才能があれば、それはそれで素晴らしい事なんじゃないのかな・・・
と思うようになった、とこういうことなんですね。

雅楽って、ものすごく閉鎖的で、一体楽器もどこにったら買えたり習えたりするのか・・・
って前は思ってたんですが、実際にはそうじゃなかった。それどころか家元制度がない分、
他の邦楽より自由で、だから東儀秀樹さんのような方も出現できたわけです。この事は、
邦楽の世界的展開と維持発展・・・っていうことから考えてみたら本当に大きな事だと
改めて思いました。同じようなスタンスの人に野村萬斎さんがいますが、彼はあくまでも
「狂言師」という立場や軸足はぶらしませんからね。
そこのところは大きな違いかなと思います。

長くなりましたが・・・最後にちょっとだけ、東儀秀樹さんの現代曲をお楽しみください。

[PR]
by cookie_imu | 2010-01-03 14:10 | 古典芸能・演劇一般