日本では誰も知らない人はいない、北朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮と略称)に拉致されていた曽我ひとみさんの夫で、もとアメリカ陸軍軍曹のジェンキンスさんの著作である。
ジェンキンスさんは1965年1月5日、DMZ(非武装地帯)を偵察中に、偵察部隊の長でありながら、部下をおいて徒歩で北朝鮮へと脱走した。そしてそのまま北朝鮮の兵士に拘束され、以来2004年にジャカルタを経由して日本に脱出するまでの約40年間を北朝鮮で暮らしてきた。この本は、彼の米国南部での生い立ちから始まって、現在のひとみ夫人の故郷である佐渡に落ち着くまでの彼の生涯を綴った、文字通り「告白」の書である。
通例本屋で目にするような、反北朝鮮プロパガンダ本かと思って最初は買うのをためらったのだが、その驚くべき口絵写真の数葉を眺め、そして「日本政府が、拉致被害者にひとみさんがいるのを当初、知らなかった」という序章に書かれた事実を読んで、「これは買うしかない」と購入を決意したのである。
ジェンキンス氏は、拉致された人ではない。自由意志で北朝鮮に渡った人だ。しかも、理由は不明であるが、北朝鮮では反米英雄扱いをされ、映画に出演させる等大いに自国の宣伝材料として使われた人である。しかも、40歳という年齢でありながら、拉致されたばかりの若い曽我さんを妻とした。未だに、北朝鮮の工作員ではないか?と思っている人もいるだろう(かくいう私もその疑惑を拭い去れなかった一人である)。そしてなにより、“敵前脱走”という、軍事的には許しがたい罪を犯した人物・・・としても認識されてもいる(私が軍事を認めているかいないかということではなく、米国陸軍はじめ国際法上の規定に則れば、ということ)。つまり、日本的にも、世界的にも言って、やや「悪役」的な役割を担っている(されている)人物といえよう。そんな人だからこそ、その人の語る「北朝鮮の真実」を読んでみたくなったのだ。
内容は、先述したようにアメリカ南部・ノースカロライナ州の小さな町に生まれた彼のやんちゃな幼年期から始まるが、もちろん、話の中心は北朝鮮での40年に及ぶ滞在にある。陸軍を脱走した理由については、このままでは非武装地帯の危険な任務でいずれ死ぬ・・・と思い、そうでなければベトナムに転勤させられる・・・と思い込んでいて、切羽詰った感情がそうさせた、と語っていた。そこで最大の疑問は、彼は志願兵ですらなく職業軍人なのになぜ、そういう危険を感じる前に軍人を辞めなかったのか?ということにある。そのことについては、彼は明快に「厳しい軍法会議での判決を恐れたため」と書いている。このことなどは、徴兵や軍隊のない(少なくとも表向きは)日本人にとっては分かりにくいものなのであるかもしれない。しかし、現実に韓国に何度も行ったり、特に今年は三角地にある「戦争記念館」を訪れて、衝撃的な体験をしてきた私にとっては、不十分ながらも飲み込める理由であるような気がした。実際、その場になってみればのっぴきならない状況に追い詰められていた・・・ということが分かるのであろう。
きっと、私としても、このような経験がなければ「死と直接対峙する恐怖」は観念上のものでしかなかったと思う。真摯に自己の脱走の罪を認め、率直に詫びるジェンキンスさんの文章を読んで、誰も簡単にジェンキンスさんの脱走を批判できるものではないな・・・と感じた。
(画像はソウル市三角地・国立戦争記念館前庭の展示兵器群)
北朝鮮での生活が生易しいものでなかったことは、次章から始まる延々と続く恐怖と退屈、飢餓と平凡の40年間を、ある意味よけいな感情を交えず淡々と語った体験談から容易に察することが出来る。もちろん、これ自体も残された拉致被害者の方や、また同じように脱走をしたり、事情があって囚われとなっている自分と同様の欧米人(実に世界各国からの拉致された人々が北朝鮮にいる、ということも初めて知った)の利害のために、ぼかして書いたり、真実を隠さなければならなかったところも多々、あるだろう。だが、「水道すら機能せず、一日に何度も何十分もかけて、遠くの井戸に水を汲みに行かなくてはならなかった」とか、「全く暖房の効かない部屋で厳しい冬を過ごした」などという、数々の記録をみれば、それはとても捏造やでっち上げとは思えない。事実しか持ち得ないリアリティーに満ちているからだ。「それでも、自分達は恵まれた暮らしをしてきた。90年代の大飢饉の折に、幾多の庶民が飢えに苦しみ、亡くなっていったことだろう」という文を読んだ時には、本当に慨嘆を禁じえなかった。どのような理念があれ、準戦時体制下で「米帝諸国から追い詰められている」国であるといえ、これほどまでに国民を苦しめてよい国家が地球上にあっていいはずはないからだ。
このように書くと「北朝鮮に対するいわれなき偏見であり、無意味で危険なバッシングだ」と言われる方が必ず出てくるが、私はそうは思わない。私は北朝鮮の主体思想やキム・イルソン一族に対する個人崇拝的政治体制などについて、今何かを言っているのではない。拉致被害者と共に「いま、そこにある危機に瀕している人々」を何とか救わなくてはいけない、と言っているだけなのだ。これは思想とかバッシングとかいう以前の問題であると思う。
そして・・・最愛の妻・曽我ひとみさんとの出会い。いささか(というより、微笑ましいほどに最大限に)美化された文章は、彼のひとみさんへの真実の愛を物語っていると共に、北朝鮮での彼の生活の中にあった「真実の生活」は、ひとみさんとの家族生活以外には全くなかったことを強く知らされて、胸が苦しくなった。四六時中監視され、何かあるとすぐ自己批判させられ、「組織」(ジェンキンス氏らは北朝鮮政府と労働党のことをこう呼んだ)のためであるなら、あらゆる非人間的・非人道的な行いも正当化されるような世界に長年住み続けていたら、一体人間というものはどうなってしまうのであろうか。そういった精神的な危機を救ってくれたのがひとみさんであり、やがて生まれてきた美花さんとブリンダさんという、二人のお嬢さんに対する「愛」であることを知ったことは、やはり人間にとって最も大切なのは「家族」であり、「人を愛し、信頼する」ことなのだな、と思った次第である。
そして、誰もが知っている2002年9月の、日朝首脳会談。そして、拉致被害者の存在をキム・ジョンイル総書記が認めたこと。曽我ひとみさん達拉致被害者の一部帰国。そして最後に、最初に書いたジェンキンスさんと二人のお嬢さんたちの、インドネシア経由での、日本への帰国。これらはどれも、私達がマスコミを通じた「これでもか」というような報道で、よく知っていることばかりだ。しかし、この本ではそれだけではなく、どんな思いでひとみさん不在の一年半をジェンキンスさんや子供達が耐えていたか、迫り来る軍法会議に対する覚悟・・・といったものを、ジェンキンス氏側からの内面的な視点として、赤裸々に描いている。そこにもまた、実際その場にいて経験したものにしか分からない、とてつもない事実の重みに圧倒されてしまう。私も、今までずっと日米の政治的取引のうえで、ジェンキンス氏の脱走罪は軽減された、と思い続けてきたのだが、そんな生易しいものではないことを改めて知った。しかも、「敵前逃亡は極刑だろう」という思い込みが、旧日本軍の悪しき伝統的価値観を、未だに自分の内部に引きずっていた残滓であることまでを思い知らされてしまい、二重の衝撃を受けたのである。よく考えたら「良心的兵役忌避」だって同じスタンスなのに、決して肉体的酷使を伴う重労働などは、米国でも科せられてはいないではないか。それと同じことに気付くべきだったのである。
ジェンキンスさんはいま、佐渡で農業などをしながら、一家で平和に暮らしている。高齢のお母様にも再会を果たしたことは、これまたご存知の通りだ。そして、二人のお嬢さんも新潟で元気に勉強をしているという。念願だった車の免許の取得も間近らしい(昨日まで東京で教習していた、ということは知らなかった―画像)40年も虜囚の身になっていた彼にとってはまだまだ物足りないものではあろうし、人々の好奇の目に晒されることも仕方がないことかもしれない。しかし、せめて全世界からの、残された拉致被害の方が、無事に帰国されることを切に願う。そして、このようなことが二度と、どこの国家であれ、起こらないことを祈る。最後に、この本の末尾に記された、ジェンキンスさんの言葉を持って、この長文の感想を締めくくりたいと思う。
『どのような人間になるか、すべては自分自身の選択にかかっているのだ。そのことを私は、誰よりもよく知っている。』