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あるびん・いむのピリ日記

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チョ・スンウ主演「ジキル&ハイド」2004夏鑑賞記(後)

そして…休憩時間となり、私はなんだか夢遊病者のようになってロビーにふらふらさまよい出ました。だれかに、このもの凄いショッキングな感動を話したくて話したくてならなかったのです。しかし、Aさんは時間が来るまでご用事があるため、ロビーにはもちろんいません。私はあてどもなくオーデイトリウムの広いロビーをさまよいあるきました。十分ほどの休憩時間でしたが、驚くほどの人がパンフレットを買ったり、お茶を飲んだりしていました。そして、そこここで「ジッキリ…」「ヘイドゥヌン…」という興奮した喋り声が聞こえ、ああ、みんな今しがたの舞台に感動しているのだなぁ!という様子が手に取るように分りました。そんなことをして歩いているうちに、私はすっかりお手洗いに行き損ねてしまいました(^^;)
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さて、ブザーが鳴って場内が暗くなると、いよいよ第二部の始まりです。第二部は、一部のように荘厳なプロローグは無く、いきなりまたもジキルが雨のシーンの中、自分の実験に反対した人々を突き刺して殺す、というショッキングな場面からです。ハイドは獣のように、次々と人を平然と殺します。もう、スンウ君はハイドになりきっていて、ワイルドで残忍そのものです。顔つきが変っており、目に狂気が宿っていて、見ていて本当に怖くなるくらい、鬼気迫る表情をしていました。俗にいう「入っちゃってる」表情、とでもいうのでしょうか…。大股で荒々しく、ずかずかと舞台を縦横無尽に荒らしまわります。声も野太く、凄みのある声になっています。



今度はすぐに傘を差した群集が、狂気のハイドが街中を恐怖に陥れていることを歌う群舞の場面です。ここは本当に迫力がありました。歌詞の「Muder,muder!」をハングルでは「サリン、サリン!」と発音するのですが、聞き取りの悪い私は最初は何のことか分らず「そうか、さすがはジキルの変身したハイド。殺人手段に実験室で合成したサリンを使っているのだな…」などとトンチンカンなことを考えていたのです。そしてしばらくしてから、それが殺人(살인)サルイン」がリエゾンして「サリン」に聞こえるのだ…ということが分りました。まさに汗顔の至りですね(^^;;

そして場面は移り、実験室を訪ねたエマと、ジキルの会話の場面です。本当のことを話してほしいと願うエマに、自分の苦しみを明かせないジキル。スンウ君の額に、苦渋の汗が光るのが見られます。(申し訳ないのですが、こういうところが舞台をナマで見られる醍醐味ですね!)そして、エマの「ワンス・アポン・ア・ドリーム」の独唱!ここもとても楽しみにしていた場面で、エマ役のキム・スヒョンさんは、とても心を込めてしっとりと歌い上げ、そのジキルを思う心の深さに本当に感動しました。エマが帰ったあと、従僕のプールが現れるのですが、ジキルはプールにすら自分の正体を明かすことが出来ずに終わってしまいます。

次の場面では、エマとルーシーの独唱の掛け合いがあります。ですが、ここはお互いが会っている、ということではもちろん無く、お互いが別々に自らの、ジキルに対する切ない思いを切々と訴えている場面なのでしょう…こういうところがはっきりと分らないのも、奥歯に物が挟まったようで、とても歯がゆく感じられます(文字通り!)この掛け合いの独唱もとてもみごとで、終わった後、観衆はスンウ君に対するのと勝るとも劣らない拍手をしていました。わたしは、どちらかと言うとソーニャさん贔屓になってしまったせいか、なんとなくエマの方が線が細いような印象を受けましたが、これは多分、役柄上のこともあるのでしょうね(笑)

さて、その間、ルーシーの住むスラムには、ハイドが現れ、「本当に愛しているのは俺ではないだろう」と、ルーシーを散々にいたぶります。その後、実験室に戻ったハイドは、遂に親友アタスンの前でジキルへと戻り、真相を打ち明け、ルーシーに「今すぐにロンドンを逃げるように」と書いた手紙を渡してくれるように頼みます。この辺のスンウ君の逆変身ぶりも見事で、ことにルーシーをいたぶる場面では「あんなにスンウ君ってねちっこい性格の部分もあったかな」などと、思わず考えてしまいました(^^;そして、そのあと、自分の実験室の薬壜に火をかけて燃やし(ここも本物の火がボーボー出てきて迫力あり)、最高潮に達している苦悩をぶちまけるように絶唱する場面は、正しく圧巻でした。

場面は変り、ここは傷心のルーシーの寝室です。枕が二つ置かれた安物のダブルベッドが、彼女の悲しい生業と、儚い運命を暗示しているようで、胸が締め付けられるような気がします。そして、そこにアタスンがジキルからの手紙を持ってやってきます。「おお、愛するヘンリー…」彼女は手紙を抱きしめますが、字が読めないのでしょう、アタスンに読んでもらいます。「すぐさま、ロンドンを去るように…」手紙にはそう書いてあったのです。そして、「君を愛する(確かサランヘ、ルーシーと言っていた様な…?)ヘンリーより」という手紙の最後に、ルーシーは思わず頬を染めて胸ときめかせるのです。それからの、ベッドの上に座ってヘンリーを思って歌うアリアは正しく最後の絶唱で、とても聞きごたえがあるものでした。貧しく無学な女。体は汚れきっている…でも、無垢な心でヘンリーを思う純粋な愛は本物…そんなことをひしひしと感じさせる、ソーニャさんの歌声は、はじめか弱く繊細で、最後には渦を巻くように骨太で力強くなっていき、目の前で歌の色温度がどんどん高くなっていくのを実感しました。こんなことは、どんな演劇でもオペラでも(大して見ているわけでもないんですが^^;)体験したことが無かったので、まさに「うわーっ…すげー…」という感じで聞きほれていました。

「さあ、こうしてはいられないわ。支度をして逃げないと…」と準備を始めるルーシーの前に雷鳴がとどろき、実に憎々しげに登場するハイド。「さあ、やってきたぞ。」「あなたを待っていたの…」「俺を待っていただと?お前のウソはお見通しだ!」ここのやりとりのところは、私の乏しい聞き取り力でも分りました。先ほども書きましたが、じつにハイドの声に変質的なねちっこさ、どろりとした粘液質の地声が混じっていて、「スンウ君の、どこを押せば、こんな下卑たいやらしい声が出てくるの?」と感心するほどでした。もう、オドロキの連続で大して驚くことも無いだろうと思っていたんですが、こういう細かいところにも、スンウ君の才能が如何なく発揮されていて、もう何回目かのホトホト感心を繰り返してしまいました。
 そして…遂にハイドの毒手はルーシーの首にまわり…ルーシーは、その不幸で恵まれない人生を閉じるのでした。

さらに、研究室に戻ったハイドはジキルへと逆変身します。しかし、もはや薬の力ではハイドを抑えることはできません。そして遂に-ミュージカル最大のクライマックス場面、「Confrontation(対決)」がやってきます。もう…、このシーンは、あまりのスンウ君の演技のすごさにただ、口をあんぐりとあけて見とれているほかはありませんでした。掛け値なしの「渾身の演技」、というのはこのようなことを言うのでしょう。ようやっと、ハイドの人格を押さえ込んだジキルに、再びハイドの悪の誘惑が襲い掛かります。人間の心の深奥に潜む、悪への渇望が、堪えきれないようにジキルの全身を震わせる。「オオーッ!」っという、苦悶の叫びを上げてのたうちまわったとおもうや、スンウ君はハイドへと変身している。つまりは、顔の半分からこちらはハイドのドレッドのヅラを付けているだけなのでして、終演後Aさんと「よくかんがえると奇妙で、笑っちゃう場面ですよねー!」とお話したのですが、見ている最中はそんなことを考えるゆとりもありませんでした。というか、スンウ君の魂の入った演技が、そんなことをちらり、とでも思い浮かべさせなかった…という方が正しいでしょうか。そしてまた、懸命に理性を取り戻してハイドを封じ込めようとするジキル。苦悶に満ちてはいても理性的なジキルの澄んだ声と、野太く野卑なハイドの歌声が交互に現れます。しかし、それらは決して滲んだり、混じったりすることはありませんでした。両者の対決は徐々に間隔を狭めて行き…、そして悲劇は終わることなく、重層的に、スンウ君の表情と身体の中に深められていくのでありました……。
 この場面が終わった後の、観客の反応は本当にすごかったです。スンウ君への拍手の嵐!地鳴りともつかないような、賞賛の絶叫が、広いオーディトリウムを割れんばかりに満たしていきました。

暗転が終わり、しばしの間があって後、舞台は最後の、ジキルとエマとの結婚式の場面となります。エマの父やアタスンらが見守る中、エマの腕を取って誓いの言葉を述べるジキル…おお!しかし、とうとう最後に、またしてもハイドの人格が現れてしまいます。止めにはいった友人の一人を殺害し、なおもエマに迫るハイド。ハイドの狂気が、止めようも無く暴走し始めます。しかし遂に、親友アタスンは仕込みステッキから短刀を抜いてエマを守り、ハイドの前に立ちふさがります。「そこをどけ!」「おお、ジキル私を思い出して!」エマの声に、ハイドでありながらジキルである我に一瞬、立ち返るジキル…ここのところのスンウ君の、最後の演技が素晴らしい!失われた理性がちらり、と顔に表出する部分を、ジキルの憎悪に満ちた表情の中から立ち上らせる…という離れ業をやってのけるのです。ナマの舞台ですから、その日その日による出来の違いはあるでしょうが、とにかく私が見たときはもう、この場面でのスンウ君は明らかに体力の限界が近づいており、息も上がっていてハァハァ言っていました。でも、眼光だけは刺すように鋭かったのです。燃えるようでした。その役者魂に、とにかく私は口に出来ないほどの感動を覚えていました。

そしてそして、ジキルは半ばハイドのまま、自ら「エマ…」の一言を残して、アタスンの剣に自らを貫いて、命尽き果てました……。(そのあと、最後にハイドへの愛を歌うエマのアリアで舞台は幕を閉じるのですが、申し訳ないのですがスンウ君が口を閉じた今、そのアリアも余計なものに感じられてしまったのは私だけでしょうか…)
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そして、幕は下りました。がしかーし!余韻に浸るまもなく、すぐにカーテンコール!!もう、係員の制止も聞かずに、前の方に座っていた観客は舞台に突進します(私は行きませんでしたよ^^)。残った観客も全員、拍手、絶叫でスタンディング・オベーション!かつて、これほど盛り上がり、全員が熱狂する舞台を見たことが無かったので、私は立ち上がっている足が震えました。しかし、この熱狂を共有し、この雰囲気に浸れる幸運に心も震えました。「これが、韓国で生舞台を鑑賞する醍醐味なのか!」そして・・・、スンウ君が登場するや拍手歓声は一層高くなり、場内を満たすのでした。しかも!それに応えてスンウ君がもう一回、Confrontationの場面をやってくれたのです。あんなに息が上がってたのに…すごいプロ意識です。もちろんみんなは大喜び!拍手はしばらく鳴り止みませんでした。私も、いつ果てるとも知れず、手が痛くなるのも忘れて拍手をし続けていました……

これで鑑賞記は終わりです。当時の興奮が、昨日のように脳裏に甦ってきます。ちょっとエキサイトしすぎて恥ずかしいようなところもあるのですが、その生々しい感動をお伝えしたくて、そのまま載せました。今回の日本公演も、必ずや初演の時と変わらない、いや、それ以上の感動を私たちに与えてくれることでしょう。一人でも多くの方に、その感動を味を味わっていただければ・・・と思っています。長文をお読みいただき、誠にありがとうございました。
by cookie_imu | 2006-01-15 17:04 | ジキル&ハイド