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あるびん・いむのピリ日記

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『送還日記』

午前中に『うつせみ』を見て、そのあと『力動山』とどちらを見ようか迷って、結局こっちを見た。『力道山』はビデオで見ていたからだ。長い映画だったが、この映画を見て良かったと心から思った。
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本作は、「長期非転向政治犯」と呼ばれ、最長実に45年もの間、刑務所に拘留され、それでも節を屈せず北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)とキム・イルソン将軍、それに党と主体思想に全てを捧げた「スパイ」達が、紆余曲折を経て遂に2000年9月に北朝鮮に送還されるまでを描いた、壮絶なドキュメンタリーである。監督は韓国独立映画界の重鎮、キム・ドンウォン。同じく非転向囚を主人公にして作られた『選択』の当事者、キム・ソンミョンも本人が登場している。2004年サンダンス映画祭で「表現の自由賞」を受けた。



まあとにかく、「こんな凄まじい生き方を貫いた人々が現実にいるのだ」ということを知るだけでも、この映画を見る価値があると思う。特に午前中、キム・ギドク監督の『うつせみ』を見て、甘くロマンティックなムードに浸っていた私の頭を一撃し、たちまち厳しい現実に引き戻してくれるだけの威力を、この映画は備えていた。148分という長尺だが、最初から最後まで緊張し、全く退屈しなかった。というか、退屈するようなゆとりは全く与えられなかった。それだけ、この「南北は未だに厳しい臨戦状態だ」という現実の物語る傷は生々しい。
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それにしても・・・短くても20年、長ければ45年(それがギネスにも載ったキム・ソンミョンの最長記録)もの間、人を刑務所に閉じ込めてよいものなのであろうか。もちろん、国家の存立を脅かすスパイ行為がいけないことは子供でも分かることである。非人間的長期拘留は、ジュネーブ協約違反の国家的犯罪とも、言えば言えよう。しかし・・・、このいわゆる「政治犯」はまた、強盗や殺人犯などという、分かりやすい犯罪者ともまた趣をことにする。なぜ、どうして家族や友人を全て犠牲にしてまでも「主義思想」という大義に殉じることが出来るのか―それがよく分からないのである。その強烈な意志の迸り。燃え立つような志操堅固のエネルギー。獄中で、拷問の苦痛に耐えかねて転向したり、ましてや亡くなった方も多かった・・・と聞くと尚更である。平和ボケした日本人には分からないのか・・・と思っていたら、監督自身も分かっていなかったのでちょっとほっとしたほどだ。
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それでいて、個人個人は実に優しく、ユーモアに溢れ、個性的で魅力的な人々ばかりなのである。初めは「筋金入りのスパイ」ということで恐る恐る接していた監督も、次第に打ち解け、彼らの魅力に惹かれて、彼らを「先生」と呼んで尊敬するようになる。いやはや、恐れ入った。逆に考えればそれだけ人間的に魅力があり、人を惹きつけるような人物だからこそ工作員として選ばれたのかもしれない。この作品はまずなにより、そうした彼らの個人的な魅力を余すところなく描き出すことに成功している。ともかくそれが、この映画の最大の魅力だと私は思った。

そして・・・養老院で先途の見通しなく暮らしていた彼らがキリスト教団体の後押しで、共同薬湯院を運営するようになり、そして2000年の南北首脳会談を経て、一時は全くの夢だった北への帰還を勝ち取るまでの一部始終を、この映画は丹念に描いている。そのリアリティーの凄まじさには、まさに呼吸も止まるほどであった。そして「自分の家に帰る」ということが、いかに人を生かす原動力になっているか・・・ということを(ことさらコーリアンについて)よく知ることが出来る映画でもあった。『シュリ』『JSA』『ブラザーフッド』などの分断モノが、色をなして裸足で逃げ出すほどの現実の重みがここにはある。韓国の分断の歴史に少しでも関心のあるものなら、映画館の大画面で、この老人達の決然たる意志漲る表情と、老いてますます炯炯たる眼光に、ぜひ正対して欲しい、必見の映画であると思う。
by cookie_imu | 2006-03-05 23:08 | 韓国映画・新しめ