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あるびん・いむのピリ日記

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『旅人の憩い』

昔々、大昔に読んだSFアンソロジー集に収録されていた一篇の題名です。
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『旅人の憩い(一九六五)』の著者は デイヴィッド・I・マッスンという、日本ではほとんど無名の米SF作家です。「ワールズ・ベスト1966....忘却の惑星」 早川文庫SF285(1978年刊、画像)に所収されていますが、今はもう絶版のようです。初めて読んだのが大学一年生の時で(28年前か…年取るわけだ)、それ以来、折に触れ愛読してきました。




『〈境界〉最前線で謎の〈敵〉と戦う主人公Hに解任命令が出る。そこで彼は、時間収束効果が小さい南部に向かい、就職し、結婚し、子供を造り、昇進し、……やがて軍の命令で再度最前線に復兵する。彼が、その旅で過ごした時間二十年は、最前線では、ほんの二十二分にすぎなかった。』

時間は北部で速く、南部で遅くなります。最北部から南部に移動するに従い、主人公の名前はH、ハド、ハドル、ハドラル、ハドラリス、ハドラリソンダモ、ハドラリンソンダモと変化します。暗号名もXN3からVSQ389MLD194RV27XN3という具合。さらに南北の違いは空間的にも現れています。南の方が長いのです(北が山頂で南に行くにしたがって平野が広がっていくイメージ)。そして、その巨大な山の斜面の上には、空の半面さえ蔽う無のカーテン=視覚バリアが見えるのです。そして、どんな新兵器もたちどころに再現し、応酬してくる謎の〈敵〉。Hはふと、考えます。『いまだ見たこともない〈敵〉は〈悠久〉の昔から〈境界〉を越えようとしている。だが〈敵〉を見たものはいない。〈戦争〉が、いつ、どのように始まったか知るものもない。〈敵〉のミサイルと称されているものは、実際にはすべて味方のミサイルではなかろうか? 戦争の発端とは、もしかしたら、探検好きの農夫が何気なく北に投げた石が、はねかえってきて彼にあたった....そんなことではなかろうか?』

この作品は、人間というものが根源的に持っている罪、そしてその人間が繰り返し犯してしまう戦争の愚かしさ・・・というものを、哀愁お帯びた叙情的な語り口の中に全て凝縮させています。私は韓国には「旅人」として来たのですが、板門店に行った時、まさしく眩暈のようにしてこの作品の“北のバリア”を思い出しました。荒涼としたDMZ、常に攻撃の緊張に包まれたJSA・・・そして翌日、北から打ち込まれて来た7発のミサイル。まさしくSF的悪夢としか言いようがありません。
 そしてハドラリンソンダモはHに戻って、防御服をまとい、生物・化学・放射能兵器が雨あられと降る最前線に消えていくのです・・・・・・

私は「H」にはなりたくありません。今こそ、人類が英知を絞って地球を救うことを考えるべきでしょう。
by cookie_imu | 2006-07-10 22:37 | 小説・詩・文学あれこれ