晋州(ジンジュ)は慶尚南道の三国時代からの古都で、壬辰倭乱(秀吉の慶長の役)の時の激戦地になったことでもよく知られています。・・・なんでそんなところに行っていたかって?もちろん、お仕事です。
交換留学生歓送プログラムの一環です。そうでなければ、ソウルの결혼식に馳せ参じてますって・・・(TT)まあ仕方ないですね。外国人として異国で働いてる訳ですから…
プサンでお迎えし、それから国内航路に乗り換えて巨済島(コジェド)へ。でも見学地はコジェドではなく、真の目的は外島(ウェド)見学です。どうしてそこに行くかって?はい、賢明な皆様ならお分かりの通り、「冬ソナ」最後のロケ地ですね(^^)それがお勉強?まあ、固いことは仰らずに・・・女学生ばっかりなんですから(笑)やっぱり行ってみたいでしょう、一度は。
ところがご存知のように台風の接近により、ご覧のごとく海は大荒れ・・・辛うじてコジェドまではたどり着きましたが、ウェド行きの遊覧船は全便、欠航でした。雨足も激しくなって来たので、予定を変更してそのまま次の目的地、晋州(ジンジュ)へ向かいました。しかし雨がますますひどくなったので見学は翌日にまわし、とりあえずホテルで歓迎レセプション。
ホテルからは南江(ナムガン)をめぐるジンジュ市が一望でき、天気が悪かったのにもかかわらず、眺望は素晴らしかったです。
ジンジュの名物である長魚(チャンオ、鰻のこと)料理も美味しくいただきました。日本の蒲焼よりタレは甘めですが、軽くあっさりとした味わいで癖になりそうです(^^)
翌日は奇跡的に雨が上がったので、復元された晋州城址を見学しました。文禄の役では豊臣軍に攻められ、軍民合わせて6万人が玉砕したそうです。
これは、韓国三大名楼の一つに数えられる矗石楼(チョクソンヌ)です。割と最近の再建なので、密陽の陽南楼に登った時ほどの感動はありませんでしたが、崖下の眺めの素晴らしさは勝るとも劣らない素晴らしさでした。
そして今でも、国を守りの武官が、城を警固しているのでした・・・というのは弄談で、この人は説明係のお兄さんです。コスプレがよく似合ってます(^^)気軽に撮影にも応じてくれました。
その後、これが本来のお勉強の眼目、国立晋州博物館に行きました。なかなか充実した展示物が陳列してありましたが、そのほとんどは壬辰の乱がらみ・・・日本人には見るのが辛いものばかりでしたが・・・これもまあ、仕方がないですね。しかしなんだって秀吉はこんな無益な戦争を、8年にも亘って、しかも二度もしたのでしょう?莫大な戦費を賭け、しかも国民も疲弊させ、李氏朝鮮も荒廃させ、明にも甚大な被害を及ぼし・・・。
今となってはその意図がよく分かりません。ひょっとして東アジアの覇者になりたい・・・という幼稚な発想だけだったのでは?と、博物館を見ていると感じます。大日本帝国が帝国主義的拡張主義によって大韓帝国を侵略した、といったほうがまだ理念が分かる気もしますが。。。
とまれ、貴重な学びの時間を持つことは出来ました。あまり行きやすい場所ではないし、日本人には(現在は)あまり馴染みのない土地ですが、一度は行ってみる価値があると思いました。