
期末試験の勉強を、うんうんいいながらやっている中一の子供の、社会(歴史)の教科書を何気なく見て驚きました。
さて、あなたはこれをなんと読みますか?
1.百済 2.新羅 3.高句麗
また、次の人名の読み方はなんでしょうか?
a.李成珪 b.李舜臣 c.李炳憲
もちろん、公立の中学校の、文部科学省検定合格教科書が載せている「正しい読み方」で、です。
1.ペクチェ 2.シルラ 3.コグリョ
a.イ・ソンゲ b.イ・スンシン c.は、シャレです。もちろんお分かりですね、ビョン様です♪
それにしても…最近やっと、コーリアンの人名・地名が原音に近い形で表記・発音されるようになって、これもワールドカップ共催や、最近の韓流のお陰か…と思っていた私には、当然のことのように「ペクチェの滅亡によるシルラの朝鮮半島統一で、大量の渡来人が・・・」なんて、おさらいしている子供の声に、軽い眩暈を覚えたほどです。ちなみに、中学の現在の歴史教科書は、日本史主体の編修です。(ただ、ペクチェ=くだら、と言っていた…という教育ももちろんなされているようですが。)
で、「ちょっと貸してみて。」と言って借りた歴史の教科書に、昔習った言葉が現代のハングル発音に置き換えられている例がたくさん見つかりました。で、a.の倭寇を撃退した英雄の名は、昔は「り・せいけい」と習ったり、b.の秀吉から亀甲船で李氏朝鮮を守った将軍は「り・しゅんしん」だったなぁ…と、懐かしく思い出したわけです。
それにしても、私の中学生の時は、「オレこそが大統領だぞ!って威張ってる、ある国の大統領はだーれ?」「朴(ボク=僕)大統領」なんていう、しょーもないナゾナゾが流行っていた時代でした。まだ、コーリアンの方の名前をハングル読みする、なんてことは思いもよらない時代でした。いつのころから、ハングル読みを始めたのでしょう…確か、次の全斗煥大統領は「ぜん・とかん」と初めは読んでいた様な気がしますが、途中から韓国側の要請で「チョン・ドファン」に変わったような気もします。でも、まだまだ、在日の人に対しては「キン君」とか「ボク君」とか、ずいぶん長いこと言ってたような気がするなぁ…
ただ、呼称だけではなく、文科省の歴史認識自体も変わっているのだ…ということを強く感じたのは、「任那」の地名がスッパリとなくなり、「加羅(伽耶)」と変わっていたことでした。読み方ももちろん、「カラ」です。「任那日本府」なんて、影も形もありませんでした。「好太王碑文」の問題がどう決着ついたかなんて、専門家でもないから全く分かりませんが、無かったものはなかったんでしょうね。わずかに「伽耶地方の国家群と、盛んに交易をしていた」とあるのみでした。さすがに「白村江」は「はくすきのえ」と表記されてまして、「ペクチョンガンの戦い」とは言ってませんでしたけどね。あ、冒頭の画像は、その白村江河口付近のものです。
私はもちろん政治的には右でも左でもなく、ただのぐうたらノンポリですが(^^;やはり自分が「間違いなく事実そうだ」として教えられたことがらに対しては、それが変えられていることに違和感を感じます。もちろん、良いか悪いかは別です。最近、やけに「日本の新しい歴史を作る会」の人たちがいろいろと主張するのは、そういう経緯もあってのことかなぁ…などとも考えました。
でも、中国語なんかはどうなんでしょう?「ペキン」「シャンハイ」などというのに、なぜ「毛沢東」を「マオ・ツァントン」と言わないのか。日本人には発音が難しいから…という理屈なら、なぜより発音の難しいベトナム漢字(チュノム)は原音に似せて表記するのか(「胡志明」をHồ Chí Minh、ホー・チミンと発音するような類です)なかなか、微妙な問題ですね(^^;
まあ、「ギョェテとは、オレのことかとゲーテ言い」なんていう川柳もあったことですし、外国語の発音は、日本語では表し難し…と言ったところなんでしょう。ま、あちらさんも「マツーイ」とか「イッチロー」とか言ってますから、お互い様ですか(^^;;