あるびん・いむのピリ日記

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カテゴリ:小説・詩・文学あれこれ( 11 )

喪うことの哀しみ―東海水に捧ぐ―

人は生まれた時から
何かを失いながら生きていく
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純真で真っ直ぐな瞳だったり
疑うことを知らない真っ白な心だったり

春の小川での水遊び
夏の終わりのトンボ取り
秋の夕日の紅葉狩り
冬のさなかの雪遊び

それら全てを想い出という瓶に閉じ込めながら
大きくなることと引き換えに失っていく

そして時にはそれは愛だったり
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by cookie_imu | 2006-11-14 00:31 | 小説・詩・文学あれこれ

『旅人の憩い』

昔々、大昔に読んだSFアンソロジー集に収録されていた一篇の題名です。
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『旅人の憩い(一九六五)』の著者は デイヴィッド・I・マッスンという、日本ではほとんど無名の米SF作家です。「ワールズ・ベスト1966....忘却の惑星」 早川文庫SF285(1978年刊、画像)に所収されていますが、今はもう絶版のようです。初めて読んだのが大学一年生の時で(28年前か…年取るわけだ)、それ以来、折に触れ愛読してきました。

話のあらすじはこうです。
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by cookie_imu | 2006-07-10 22:37 | 小説・詩・文学あれこれ

「便所掃除」

ある方のブログに、「トイレを綺麗に使う女性は、美しい人だ」と言う標語が韓国の女性用個室に書いてある・・・という話が紹介されていた。それを読んでたちまち故茨木のり子氏が「詩の心を読む」(岩波ジュニア新書)の中で紹介されていた、旧国鉄職員の浜口国雄という人の書いた『便所掃除』という詩を思い出した。かなり長い詩なのだが、とても私の好きな詩なので、拙劣ではあるが辞書・翻訳機の力も借りて、韓国語訳も付させていただく。

便所掃除
변소 청소


とびらを開けます。
문을 엽니다.

頭のしんまでくさくなります。
머리의 해 까지 냄새가 나집니다.

まともに見ることができません。
온전히 볼 수 없습니다.

神経までしびれるかなしい汚し方です。
신경까지 저릴까 강요해 더럽히는 방법입니다.

すんだ夜明けの空気までくさくします。
산 새벽의 공기까지 냄새가 나게 합니다.

そうじがいっぺんにいやになります。
청소가 한번에 싫어집니다.

どうして落ち着いてくれないのでしょう。
어째서 안정되어 주지 않을 것입니다.

けつの穴でも曲がっているのでしょう。
결정의 구멍에서도 돌고 있겠지요.

それともよっぽどあわてたのでしょう。
그렇지 않으면 상당히 당황했겠지요.

おこったところで美しくなりません。
일어났더니 아름다워지지 않습니다.

美しくするのがぼくらのつとめです。
아름답게 하는 것이 우리의 임무입니다.

美しい世の中もこんなところから出発するのでしょう。
아름다운 세상도 이런 곳부터 출발하겠지요.

くちびるをかみしめ、戸のさんに足をかけます。
입술을 악물어 문의씨에게 다리를 겁니다.

静かに水を流します。
조용하게 물을 흘립니다.

ババぐそに、おそるおそるタワシをあてます。
지지에, 조심조심 타와시를 댑니다.

ボトン、ボトン、便つぼに落ちます。
뚝,뚝, 변단지에 떨어집니다.

ガス弾が、鼻の頭で破裂したほど、苦しい空気が発散します。
가스탄이, 코의 머리로 파열했을 정도, 괴로운 공기가 발산합니다.

心臓、爪の先までくさくします。
심장, 조의 앞까지 냄새가 나게 합니다.

落とすたびに、くそがはねあがって弱ります。
떨어뜨릴 때마다, 똥이 쳐 약해집니다.

かわいたくそはなかなかとれません。
마른 똥은 좀처럼 취할 수 있습니다.

たわしに砂をつけます。
수세미에 모래를 붙입니다.

手を突き入れてみがきます。
손을 찔러 넣어 닦습니다.

汚水が顔にかかります。
오수가 얼굴에 걸립니다.

くちびるにもつきます。
입술 짐 옵니다.

そんなことにかまっていられません。
그런 일로 상관해 있을 수 없습니다.

ゴリゴリ美しくするのが目的です。
고리고리 아름답게 하는 것이 목적입니다.

その手でエロ文、ぬりつけた糞も落とします。
그 손으로 에로문, 바른 대변도 떨어뜨립니다.

大きな性器も落とします。
큰 성기도 떨어뜨립니다.

朝風が壺から頭をなぜ上げます。
아침 바람이 항아리로부터 머리를 왜 올립니다.

心も糞になれてきます。
마음도 대변이 될 수 있어 옵니다.

水を流します
물을 흘립니다.

心に、しみた臭みを流すほど、流します
마음에, 밴 악취를 흘리는 만큼, 흘립니다.

雑巾でふきます。
걸레로 닦습니다.

キンカクシのウラまで丁寧にふきます。
금화 빗의 안까지 정중하게 닦습니다.

社会悪をふきとる思いで、力いっぱいふきます
사회악나무 취하는 생각으로, 힘껏 닦습니다

もう一度水をかけます。
한번 더 물을 끼얹습니다.

雑巾で仕上げをいたします。
걸레로 마무리를 하겠습니다.

せんざいをまきます。
잠재를 뿌립니다.

白い液体から新鮮な一瞬が流れます。
흰 액체로부터 신선한 일순간이 흐릅니다.

静かな、うれしい気持ちですわってみます。
조용한, 기쁜 기분이예요는 봅니다.

朝の光が便所に反射します。
아침의 빛이 변소에 반사합니다.

せんざいが、くそつぼの中から、七色の光で照らします。
잠재가, 똥단지안에서, 칠색의 빛으로 비춥니다.

便所を美しくする娘は、 美しい子どもをうむ、といった母を思い出します。
변소를 아름답게 하는 딸(아가씨)는, 아름다운 아이를 낳는다,
라고 하는 어머니를 생각해 냅니다.

ぼくは、男です。
나는, 남자입니다.

美しい妻に会えるかもしれません。
아름다운 아내를 만날 수 있을지도 모릅니다.

これだけ汚らしい糞便のことばかり歌っているのに、この読後の神聖なまでの清々しさは何だろう。
この詩には、古き良き日本人の美徳が凝縮されていると言ってもいいと思う。今まさに失われつつある謙譲、清廉、恥を知る心、献身・・・などの伝統的公徳心である。作者は旧国鉄労組の幹部で共産党員だった(後に除名された)が、この詩を読めば「日本人のこころ」とイデオロギーとは、何の関係もないことに気付かされるであろう。作者のバイオグラフィーを調べていたら、幼少時を咸鏡北道清津で過ごしていたとあった。先ほどの女性用トイレの標語といい、やはり日本と韓国の道徳・美意識には、通底するものがあるのかもしれない・・・・・・

私もこの作者のような人間になりたかった。でも・・・やっぱりダメだった。凡人だなあ。だけど、(外見は主観に左右されるからともかく)心の美しい妻にはめぐり逢えた。
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by cookie_imu | 2006-06-27 21:22 | 小説・詩・文学あれこれ

「とかげ」吉本ばなな

・・・・・・そういうこと、話したい、言葉にしたくない何もかものこと。
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生きてさえいれば。
明日言える。
(短編集「とかげ」より)

傷は舐めあうものではなく、痛みを知るもの同士が抱きあい、
触れ合うことによって
生きる喜びにさえ変わると知った。それは抉られた魂の修復・・・・・・

傷ついた心に癒しを・・・おやすみなさい。
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by cookie_imu | 2006-06-23 02:07 | 小説・詩・文学あれこれ

恥ずかしいことって・・・

酒を飲むことなんだよなあ。忘れたいことがたくさんあるから、酒をたくさん飲むんだよなあ。
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だけれど、そのうち酒を飲むこと自体が目的になっちゃうんだよ。たくさん、飲んで・・・
今夜も、恥ずかしい自分を忘れるために酒を飲んだのさ。でも、仕方がないんだよ・・・。
王子様、許してくれよ。君のことを忘れた訳じゃないんだ。けどね。大きくなると飲むんだよ。
恥ずかしいことを、嫌なことを忘れるために。明日もかろうじて生きていけると思うために。
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by cookie_imu | 2006-03-06 23:44 | 小説・詩・文学あれこれ

『韓国現代詩選』~追悼・茨木のり子~

昨年の石垣りんに続き、また戦後の民主主義と女性の地位向上に努めた女流詩人の巨星を失ってしまった。2月19日、自宅で眠ったまま亡くなっているのを訪ねて来た親戚に発見されたという。
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「自分の感受性くらい」「根府川の海」「Y.Yへ」・・・これらの詩は、多くの中学・高校の教科書に載せられていることから、親しみを持ってらっしゃる方も多いのではないだろうか。また、「生まれて」というエッセイの中で、吉野弘の神秘的な散文詩「I was born」を解説しておられ、その的確で分かりやすい解説に引き込まれて詩の魅力に気付かされた方もいらっしゃるのではないかと思われる。私もその、切ないくらいに純粋で瑞々しく、しかも生活実感を失わない叙情的な作風に魅せられた一人であり、今に至るまで一ファンとして彼女の作品を読み続けた者でもある。

そして・・・のり子氏は15年ほど前に医師であったお連れ合いを亡くされ、その後、韓国の詩に目覚めることとなった。そして、のり子氏に導かれるようにして、私も高潔で清冽な人生を送った韓国の国民詩人、ユン・ドンジュを知るようになった。この本は、まさにそのような意味合いにおいても、日韓の詩を結ぶまさに架け橋のようになった記念碑的な訳詩集である。私の大好きな現代韓国詩人も、詩も、まずはここで学ばせていただいた。

以前、このブログでもキム・ユーホン先生との最新対談集『言葉が通じてこそ、友だちになれる』(筑摩書房.2004年)をご紹介させていただいたことがある。「目の調子が悪いのに、つい「冬のソナタ」を見ちゃう」などという茶目っ気のある言葉が忘れられない。ブームの是非は別として、亡くなる前に日韓の民間文化交流が花開き始めたところには間に合われたことはとてもお喜びだったのではないかと推測する。背筋のぴん、と通った「日本のお姉さん」を失った損失は余人を以って代え難いであろうが、今後は空の向こうで「一点の恥じることもなく」これからの日本も、厳しく温かい目で見つめていっていただきたいと祈らずにはいられない。
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by cookie_imu | 2006-02-20 15:12 | 小説・詩・文学あれこれ

「とぶ船」 ヒルダ・ルイス著

「なにごとにも時がある」とは、旧約聖書「コヘレトの言葉」のなかの有名な一節ですが、確かに児童文学、というものは児童のうちに読むから素晴らしいのであって、大人になって出会うと、それはそれでいいのだけれど「子供のときに読んでおきたかったなー!」と思うことがしばしばです。この本は、幸い私が子供のときに出会うことができた、幸運な一冊です。ひょんなことから復刊されて文庫化されていたので、思わず懐かしく手にとってしまいました・・・
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「ナルニア国物語」などと同じく、いわゆるイギリスの正統的ファンタジーであり、タイムトラベルモノです。ピーターを長男とする正義と友愛に満ちたクロフォード兄弟の、手に汗握る冒険を描いたものですが、私の一番好きなエピソードは、ノルマン時代の王女、マチルダと子供たちの友情を描いたものです。ここを中心にして、映画化してくれないかなぁ・・・いまならCG技術も発達しているし、当時読んだ印象を損ねずに映画にできると思うけれど・・・。小学生くらいのお子様がいらしたら、ぜひ読ませて差し上げてください。でも、少年少女の心を失わない、全ての大人にもお勧めです♪(岩波少年少女文庫刊)
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by cookie_imu | 2006-02-03 15:38 | 小説・詩・文学あれこれ

「霜月」 李商隠

知り合いの、毎日書道展入選の常連である登坂壽石さんという方に、十年ほど前に書いていただいた七言絶句の色紙です。十一月になると出してきて、李朝の青磁の花瓶とともに、玄関に飾っています。
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李商隠(812~858)は、高校の教科書にも「楽遊原」や「夜雨 北に寄す」という名詩が載っていることが多いので、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、晩唐を代表する詩人です。その退廃的な中にも耽美的・唯美的な哀調に満ちた詩風は、高橋和巳等、日本の文人達にも熱愛されました。私も、彼らの足許にも及ぶ者ではありませんが、毎年霜月になりますとこの色紙を飾り、晩秋の暮れなずむ光芒を楽しむよすがとしています。なお、題名は「そうげつ」と音読みします。

詩の書き下し文と大意は以下の通りです。
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by cookie_imu | 2005-11-06 21:08 | 小説・詩・文学あれこれ

『雨森芳洲―元禄享保の国際人』

講談社学術文庫というと、お堅いイメージがありますが、それほど難しい本ではありません。江戸時代、元禄年間に滋賀県に生まれ、そして津島藩お抱えの儒者として、日朝修好に努力した雨森芳州を紹介するものです。
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雨森氏は、朝鮮語、中国語に堪能で、「互いに欺かず、争わず、真実をもって交わり候を誠信とは申し候」という言葉を信条とした、真の国際人でした。彼は、徳川将軍を「日本国王」と朝鮮側に呼ばせようとした幕府側の儒者、新井白石に真っ向から反論したのです。その反論はもちろん、天皇を国主として仰ぐ儒者の思想に則ったものでしたが、その真実の思いは、朝鮮国家に対する思いやりに溢れたものでした。彼は、その後も小藩対馬と幕府の間に入り、日朝修好のために尽力し、宝暦五年、88歳でその生涯を閉じました。

朝鮮王朝、ひいては韓国の文化を理解するには、どうしても儒教、それも王道たる朱子学の精神を理解しなくてはなりません。それはとても困難を伴いますが、江戸時代という鎖国時代に、真の国際人として活躍し、その思想を深めた雨森芳州の姿に、少しでも学びたいと思っています。
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by cookie_imu | 2005-09-15 22:29 | 小説・詩・文学あれこれ

「多毛留」

俳優の米倉斉加年さんが絵・文共に1976年に書いて、翌年のボローニャ国際児童図書展グラフィック大賞受賞した名作絵本です。
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この絵本の存在は、昔から知っていたのですが、なぜか手にとって見るまでには至りませんでした。なんとなく、私の心の中に妙なこだわりのようなものがあったのです。この絵本が、百済人の姫と、大和人の漁師の青年との間にまつわる、一種の「民族的悲劇」を扱ったものだということも知ってはいました。そして、絵本が出版された当初、米倉氏は盛んに韓国朝鮮食品会社「モランボン」の宣伝をしており、なんだか、そんなことも妙に私の心を卑屈にさせていたのです。TVで堂々と、当時まだまだ差別的な風潮の強かった、韓国朝鮮料理の宣伝をしていた米倉さんに対して、「自分のような人権に対する意識の低いものが、手に取れるような本ではないのだ・・・」という、今から考えると滑稽なような、鬱屈した思いを抱いていたのでした。

それが、最近あることがきっかけで氏の別な絵本「大人になれなかった弟たちに・・・」を購入することとなり、この際、品切れや絶版になる前に・・・と思い、少し高かったのですが購入しました。

手にとって読んで見て、やはりとても感動しました。とにかく、その絵の高潔なまでの潔癖さ、そして繊細極まりない筆遣いの中に見える、豪胆さ、まさしくあの時代に、よくこの物語を書き得たなぁ・・・という感慨で胸が一杯になりました。特に、圧巻なのは、口がきけないと思われていた多毛留の母が、漂着した男たちを介護し、初めて見知らぬ言葉(ハングル)で声を発する場面です。いま少し引用してみます。

多毛留はなにもわからんばってん
笛の音のような高く低くせつせつとつづく
美しいかあさんの声ばききよるうちに
多毛留の目からも涙があふれた
わけもなしにかなしゅうなって 涙があふれて出たったい

ととさんだけは暗い目で 海ばじっと見とったげな

この先はぜひ、本をお読みいただきたいと思うのですが、このページの挿絵には、ハングルでのアリランが添えられています。漂着し、日本で母となった姫の思いが切々と語られています。

韓国朝鮮、在日の方に対する差別的な風潮が強かったあの時代、卑屈な気持ちになっていて、この作品に触れなかったことがことが良かったのか悪かったのかは未だに分かりませんが、とにかく、この感動をもって、今の時代にこの絵本を皆様にご紹介する価値は、確かにあると思いました。
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by cookie_imu | 2005-05-12 16:31 | 小説・詩・文学あれこれ