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あるびん・いむのピリ日記

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誰のための音楽か

今日は今日とて、雅楽の音楽会に行ってきた。私が篳篥や笙をお習いしている
先生方の団体、「伶楽舎」の定期コンサートである。主題は「筝(こと)のこと」。
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最初の和琴と神楽歌で、申し訳ないが「気絶」しそうになった。
なぜなら、それは「神にささげられた音楽」であり、人間に向けられたものではなかったからである。
音も極端に小さければ、人間的なテンポでもなく、歌詞は「あじめ、おお、おけ」(アジメ神よ、おお、来い)
だけ。それを20分くらいかけて歌うのである。まさしくそれは祝詞であり、お経や声明のそれである。

それが悪いとか良いとか言っているのではない。だが、人間に向けて作られていない音楽が、
人の魂や喜怒哀楽の情感を揺るがす、ということもまたあり得ない。
これは、あまりに雅楽がお家の秘伝として、公家や寺社の奥深くに隠されてきたか・・・ということと
無縁ではないような気がした。逆にいえば、千年の殻を破った?東儀秀樹のような人物の登場がなければ、
雅楽はその「人のための音楽」としての命脈を絶っていたのではないか?

そう確信させられたのは、三曲目に演奏された「巾雫輪説(きんかりんぜつ)」という、古典の技法で
書かれた、“一滴の水が集まって大河となり、大海に注ぐ”という現代主題音楽を聞いたからである。
演奏家たちはそれまでの「仮面のような」人間にではない何かに捧げるようなスタンスを全く変えて、
あきらかに聴衆の反応を体感しながら、「人のために」演奏していた。だから全く眠くならなかった。

・・・・・・とはいっても・・・雅楽は、もういいかな。勉強は半ばだけど・・・
やっぱ、人間臭さや哀歓にまみれた朝鮮半島の音楽に惹かれます。
by cookie_imu | 2009-12-21 22:50 | 古典芸能・演劇一般