あるびん・いむのピリ日記

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「私の話」 鷺沢 萠

神保町のアジア書店でふと見かけ、「文庫化されたんだ・・・」と思って何気なく買ってしまった。
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しかし・・・、内容は何気なく読み飛ばせるようなものではなかった。これは、昨年四月に自ら命を絶った作者の、心の自伝とも言うべき私小説である。「ケナリも花、サクラも花」で、自らの在日としてのアイデンティティーをカミングアウトした彼女だけれど、それまでの間、どのくらい精神的な重荷を負ってきたかは私には分からなかった。なんとなく豪快な、酒と賭け事(麻雀)好きな姐御、というイメージがあったからである。

しかし・・・この本を読んでみて、いかに彼女が繊細で傷つきやすいメンタリティーを持っていか、ということに改めて気づかされた。彼女は「露悪趣味だ」と自分のことを自嘲気味に評しているが、内面がセンシティブな人ほど露悪的に振舞って見せるものなのかもしれない、と思った。

徹マンですっからかんになり、自己嫌悪と戦いながら、何もない台所で僅かに残った小麦粉や万能葱で、幼いときから食べなれた「どんど焼き」を作っている途中でこれが実はパジョン(チヂミ)であることに唐突に気づき、自らの出自や祖母の想像を絶する労苦を思いやる話。そして、ヨンセ大学への留学を経て、在日のハルモニ達の「識字学級」へ通いながら、「在日」として生きる覚悟を新たにする日々を綴った「私の話 2002」。そのような周囲の人々に励まされ、自ら意思強く生きようと誓ったはずの彼女が、なぜ突然、自ら縊死したのか・・・それは誰にも分からない。けれど、まだ続けられている彼女の公式HPの裏日記(自死の十日前)を見ると、体調不良と二日酔いの無限ループに悩まされている自分の姿が戯画的に描かれていた。そこまでして自分を追い詰めてしまう、底なしのような深い悩みがあったのかもしれない・・・

それが「在日」という出自にどう絡んでくるのかは全く分からない。それとは無関係なことかもしれない。そして、韓流ブームがまさに大ブレークする寸前に自ら死を選び取った彼女が、もし今生きていたらどのような感慨を持ったか、も、今となっては永遠に分からない。だけれど、時代や状況にかかわらず、「在日」という自分と向き合って、意志強く差別や偏見と粘り強く戦っていこうとした彼女の姿勢はよく分かる。けれども・・・彼女の場合は人や社会に対して先鋭的になることで、強くはなれなかったのだな・・・ということも、痛いほど感じさせた本書だった。心の底から他者に対して優しい人だったんだな・・・という思いが私の胸を衝いた。

本書の一番最後に載せられている、作者がハルモニのお墓参りをした時、ハルモニのお墓に向かって泣きながら呟く一節があり、本書では全文、そこだけがハングルで書かれている。私のような初学者でも、ほぼ書いてあることが辞書なしでもわかる簡潔な文章だった。しかし、それだからこそ、彼女のハルモニに対する痛いほどの謝意、申し訳なさ、自己嫌悪、慟哭の全てが、こちらの心にストレートに飛び込んで来て、私も思わず涙してしまった。純粋すぎるほどの自分を持ち続け、否、豪快に露悪的に生きようと装ったから故に自分を追い込んでいってしまった・・・そんな彼女の一面を垣間見た気がした。

河出文庫刊、¥480。どこでも簡単に手にはいる本である。ぜひたくさんの方に手にとってほしいと思う。
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by cookie_imu | 2005-10-22 11:13 | 最近読んだ本・雑誌・漫画