人気ブログランキング | 話題のタグを見る

あるびん・いむのピリ日記

cookieimu.exblog.jp
ブログトップ

『菊花の香り』~この世でいちばん愛されたひと

韓国で二百万部以上の大ベストセラーとなり、映画化もされていることは皆さんとっくにご存知のことと思いますが、本書の内容は映画とはかなり異なります。というよりも、ノベライズ本ではないので全く別物と考えていただいても差し支えないでしょう。
『菊花の香り』~この世でいちばん愛されたひと_c0018642_17461420.jpg

作者は、ラジオやテレビの台本作家としてのキャリアを持ち、「私の心のオルガン」の、やはり原作小説を書いた事でも知られるキム・ハイン。彼女の他の作品を読んだ訳ではありませんので、はっきりしたことは断言できませんが、もともと詩人としてデビューしたというだけあって、その詩的言語の使い方には瞠目すべきものがあります。例えば、こんな感じです。
 「スンウは、鼻を彼女の髪の毛に近づけて軽く息を吸い込んだ。間違いなく菊の香りだった。野生の爽やかさと、太陽の黄色い粉末が舞うような、心地よい香りだった。」
 いかがですか?いかにも、燦燦と降る太陽の光のもと、健康的に育った眩しいような若い女性の、健康的だけれど官能的な髪の香りを端的に捉えた比喩だと思いませんか。私はまず、小説のこのような文章遣いに惹き込まれてしまいました。

しかし、内容構成は…というと、これははっきり申し上げて昨今のブームになっている韓国メロドラマやメロ映画のノリとさして変わりはありません。それどころか、読み手の心理的なツボを鋭く突いた、かなり大衆的な(表現が良くなければ万人受けする)感性の泣き所を心得た作りになっています。文体は聖であり、内容は俗。いわば“聖俗の合体”とも言うべき、ちょっと不思議なテイストの小説になっていますが、バランスとしてはそれで良いのかもしれません。感情は全てストレートに出され、主人公たちは己の欲求に極めて正直に行動します。これは、日本人から見れば驚異的ですが、韓国人としてはごく普通の行動パターンなのかもしれません。だからといって、それが露悪的で嫌だ……というのではなく、むしろ、きっぱりとしていて実に心地よいのです。本音と建前を使い分けない国民性の良さ、というものが、如実に反映されている…と言っても過言ではないように思います。

ストーリーは、アメリカから帰国したばかりで大学の映画サークルに入ったスンウが、地下鉄に乗った時、偶然乗り合わせた若い女性の髪から、菊の花の香りがするのに惹かれる。そしてその女性は、偶然にも入学先の大学で、スンウが所属した映画サークルの先輩、ミジュだった。彼は、次第にその自分の意思を明確に持ち、映画監督を目指すミジュに憧れを持ち、そして深く愛するようになる。しかし、ミジュはあくまでも年下の彼をサークルの後輩としか見てくれず、スンウの愛を受け入れようとしない。ますます思いを募らせたスンウは、サークル内の映画作成が一段落したあるロケ先の浜辺で、思い切って彼女にキスさせてほしいと申し込み…というものです。
『菊花の香り』~この世でいちばん愛されたひと_c0018642_13531821.jpg




この辺りまでは映画の内容とほぼ同じ進行なのですが、結局、「一生の思い出にしたい」ということでスンウのキスを受け入れたミジュでしたが、彼女は映画の製作・監督になる、という自らの希望に燃え、結婚を考えることもなく自己実現への道をひた走ります。一方、スンウは彼女を諦めきれず、蔭ながら見守りつつ、ラジオ局の深夜番組担当の人気PDになります。その間、スンウは、彼を兄と慕う幼馴染の美しく可愛らしいヨンウンの、必死の求愛を遠ざけることになります。しかし、ミジュへの思いは歳月を経てますます熱く、深夜番組のリスナーを装って求愛のリクエストを続け、遂にミジュの心を動かし、二人はめでたく結婚するのでありました。そして、数年後、映画監督としても成功し、何一つ不自由ない愛の暮らしをしていた二人は遂に子宝に恵まれます。幸福の絶頂を味わうミジュ。しかし、同時に受けた検査で不幸のどん底に突き落とされます。もはや回復もできない、第三期の胃ガンに侵されていたことを知るのでした…

それにしても、「どんなにほったらかしにしておいても、素晴らしい才能を持ったイケメンのいい男が、絶対に私を待っていてくれる」とか、「その間、どんな素晴らしい女性の求愛も全て断って、他の女性にも指一本触れない童貞のまま、純愛を捧げ続けてくれる」など、白馬の王子様願望などを超絶凌駕する、オジサンとしては想像を絶するような「女性の夢」?が臆面もなく語られているのですが、その感覚は唖然呆然、という領域をはるかに超えて、もはやいとおしくすらあります。そして、その男性には、結婚後、自分はどんなに我儘をしても全てあるがまま受け入れられ、その愛は永久不変、自分が死んだ後も全く変わることはない…というのは、男女を問わず人間は本来みなナルシストであり、エゴイストである、という真実を遺憾なく描き出しており、爽快感すらともなっています。むしろ、伝統的に儒教的倫理観念に縛られ続け、年下の男性との恋愛も、自由な職業選択も、恋愛の自由も制限され続け、唯一の逃げ道が結婚である…という閉塞した女性史を歩んできた韓国女性にとっては、やっとこの時代になって言えるようになった本音、というよりも魂の叫びなのではないか…と思うようになりました。

ただ、ミジュはスンウとの愛の証のため、自らがガンの手術をすれば助かる可能性が僅かでもあったものを放棄して、赤ちゃんを産むことを選択します。そこのあたりは、全ての人間的エゴを超越した、人間のDNAに深く刻み込まれた種の保存本能…と言ってしまえば味も素っ気もないですが、要するに人類共通の「母性」の発露…と見ることもできましょう。もちろん、スンウは彼女の命を優先しようとするのですが、新しく生まれようとする生命を尊ぶ決断を最終的にはします。ここまでに至るところがまた、小説上では波乱万丈なのですが、男女の人間的な共存と愛を示していて、ほっとできるところです。そのような意味も含めて、映画とともにぜひ併せ読んでいただきたい原作だと思います。ユンソナさんも、大推薦してますので(^^)
by cookie_imu | 2005-02-04 14:00 | 最近読んだ本・雑誌・漫画